io-nakano

アクセスカウンタ

zoom RSS 高江から那覇へ2016.12.21

<<   作成日時 : 2017/01/05 14:46   >>

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

12月21日、大阪全労協派遣団としては、最終行動日でした。朝7時にゲート前に着き、基地建設反対闘争の人たちと合流。8時過ぎに警察官を乗せたバスが4~5台やってきました。その中に大阪ナンバーのバスがあって、私たちはその前に立ちはだかるようにしました。

画像「大阪へ帰れ!」「沖縄から帰れ!」怒号の合唱を繰り返しましたが、警察官に制せられ、それ以上の抵抗はできないまま、バスはゲートに入っていきました。

画像9時前、派遣団は那覇裁判所前で行われる「辺野古埋立て」最高裁不当判決に抗議する集会に参加するため、那覇市に向かわなければなりませんでした。司会者からその旨が告げられ、大阪全労協の事務局長が3日間の総括的な挨拶を行い、高江を後にしました。

画像12時に裁判所に道を隔てた広場に到着。抗議集会にはすでに300人を超える人々が集合していました。糸数 慶子、伊波 洋一両参議院議員、赤嶺 政賢衆議院議員、稲嶺 進名護市長らが正面に並んでいました。弁護団の事務局長が「こんな悲痛に満ちた報告しなければならないことは弁護士として無念です」と前置きしながら判決内容の詳細を報告しました。

あいさつに立った議員たちも闘争団からも不当判決に対する抗議とこれに屈しない発言が続きましたが、僕は安保条約は日本を無法国家にしている、とりわけ沖縄は日米の植民地にされていることを痛感しました。

集会参加者の後方で報告や決意表明を聞いていた僕に沖縄タイムズ記者が「最高裁の判決に対する感想をおききしたいのですが」と取材にやってきました。僕は大阪からやってきたと自己紹介した後、前述したようなことを話しました。残念というか、当然というか、僕の話は記事化されませんでしたが。

午後1時集会も終了し、大阪全労協派遣団のスケデュールはこれで完了しました。実は僕にとって今回の沖縄行にはもう一つ大きな目的がありました。そのため、全労協の仲間とは県庁前で別れ、1日多く滞在することになりました。そして、その目的とは高江へ行こうと決めた後、12月中旬に青天の霹靂と言ってよい、一通の封書によってもたらされたものでした。僕にとっては、どちらが主目的であったのか、人生を刻印するのはどちらか、決め難いものです。

これで12月18日から21日までの高江、辺野古、那覇における大阪全労協派遣団の随行記を終わります。ホンマに長いお付き合い(*´∀`*)ありがとうございました。2017.01.05記

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
驚いた
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
高江から那覇へ2016.12.21 io-nakano/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる