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zoom RSS 三国の街から港へー思案橋

<<   作成日時 : 2017/02/16 19:25   >>

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【その九頭竜川に臨んだ寺に俳妓、哥川の隠栖しておった寺があるが、そうしてそこの住職も永諦といって柏翠の俳句の弟子であるが、その近所の家に愛子とお母さんは住まっている。お父さんは別の大きな家に住まっていて、ときどきこのお母さんの家に来るのだそうである。私は、
川下の娘《こ》の家を訪ふ春の水 虚子
という句を空想して作ったが、そのお父さんのいる本家というのは町の中央にあって、愛子の家がやはり川下であったことを後になって知った。】(高浜虚子「虹」)

虚子が短編小説「虹」で描いた「哥川の隠栖しておった寺」とは、このブログの冒頭で僕が述べた「金鳳寺」らしい。その近所に森田愛子とお母さんが住んでいたということですから、この案内板のあたりということになります。

画像高見順の生家もすぐ近くです。高見順の父は福井県知事、母は芸妓だったそうで、三国の街はずれ、湊へ続く街道に両人の家があります。愛子もまた、高見順と似た境遇にあったのではないかと、思われます。思い起こせば三国の街から湊への道の境界に思案橋という小橋がありました。なんとなくこの街道の特徴が見えてきます。そうして、虚子の「虹」で出てくる愛子の言葉を読み直すと、少し切なくなります。

【その時ふと見ると、ちょうど三国の方角に当って虹が立っているのが目にとまった。
「虹が立っている」
と私はそちらを指した。愛子も柏翠もお母さんも体をねじ向けてそちらを見た。それはきわめて鮮明な虹であった。その時愛子は独り言のように言った。
画像 「あの虹の橋を渡って鎌倉へ行くことにしましょう。今度虹がたった時に……」
それは別に深い考えがあって言ったこととも覚えなかった。最前から多少感傷的になっているところに、美しい虹を見たために、そんなおとぎ噺みたようなことが口を衝いて出たものと思われた。私もそこに立っている虹を見ながら、その上を愛子が渡って行く姿を想像したりして、
「渡っていらっしゃい。杖《つえ》でもついて」
「ええ杖をついて……」
愛子は考え深そうに口を噤《つぐ》んだ。】(高浜虚子「虹」)


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